下肢静脈瘤は、成人の十人に一人、出産経験のある女性では二人に一人が経験するとも言われる、非常にありふれた病気です。そして、その発症には、特定の職業や性別、ライフスタイルが深く関わっています。なぜ、一部の人に特に多く発症するのでしょうか。その原因を理解することで、予防への道筋も見えてきます。下肢静脈瘤の直接的な原因は、足の静脈の中にある「逆流防止弁」が壊れてしまうことです。心臓から送り出された血液は、動脈を通って足の先まで届き、今度は静脈を通って、重力に逆らいながら心臓へと戻っていきます。この時、血液が重力で逆流しないように、静脈の中には、たくさんの「弁」が一方通行の扉のように設置されています。この大切な弁に、長期間にわたって強い圧力がかかり続けると、弁が伸びてしまったり、壊れてしまったりして、完全に閉じなくなります。すると、血液が心臓に戻りきれずに、足の静脈内に逆流して溜まり、血管が風船のように膨らんで、こぶ(静脈瘤)を形成するのです。では、この弁を壊してしまう「圧力」の原因は何でしょうか。最大の要因の一つが、「長時間の立ち仕事」です。美容師、調理師、販売員、教師、看護師など、一日中立ちっぱなしの仕事に従事している人は、常に重力の影響で足の静脈に高い圧力がかかっています。ふくらはぎの筋肉を動かす機会も少ないため、血液を心臓に送り返す「筋ポンプ作用」も働きにくく、血液がうっ滞しやすいのです。また、「女性」に多い理由も明確です。まず、女性ホルモンであるプロゲステロン(黄体ホルモン)には、血管を拡張させ、弁を緩みやすくする作用があります。そして、最大の要因が「妊娠・出産」です。妊娠すると、大きくなった子宮が、骨盤内の太い静脈を圧迫し、足からの血液の戻りを妨げます。また、ホルモンの影響で血液量も増加するため、静脈への負担はピークに達します。この妊娠中の負担が、弁に大きなダメージを与えてしまうのです。この他、「遺伝的要因(親が静脈瘤である)」「加齢」「肥満」「便秘(排便時のいきみ)」なども、静脈への圧力を高めるリスク因子となります。これらの要因が、複雑に絡み合って、下肢静脈瘤は発症するのです。