大人がおたふくかぜにかかった際に警戒すべき合併症は、男性の精巣炎だけではありません。ムンプスウイルスは、神経系にも親和性が高く、様々な深刻な合併症を引き起こす可能性があります。その代表格が、「無菌性髄膜炎」です。これは、脳と脊髄を覆っている髄膜という膜に、ウイルスが感染して炎症を起こす病気です。おたふくかぜの患者さんのうち、約一割が発症すると言われており、決して稀な合併症ではありません。耳下腺の腫れと共に、あるいはその数日後に、高熱、激しい頭痛、そして嘔吐といった症状が現れます。首の後ろが硬くなり、前に曲げにくくなる(項部硬直)のも特徴的なサインです。ほとんどの場合は、後遺症なく回復しますが、入院による安静加療が必要となり、激しい頭痛と嘔吐に、数日間苦しめられます。さらに、ごく稀ではありますが、ウイルスが脳の実質にまで侵入し、炎症を起こす「脳炎」を発症することもあります。この場合は、意識障害やけいれんを伴い、命に関わったり、永続的な神経学的後遺症を残したりする可能性のある、極めて危険な状態です。そして、もう一つ、非常に深刻で、かつ回復の見込みがない合併症が、「ムンプス難聴」です。これは、ウイルスが、音を感じ取る内耳の蝸牛(かぎゅう)という部分の神経を破壊してしまうことで起こります。ある日突然、片側の耳が全く聞こえなくなる、というのが典型的なパターンです。めまいを伴うこともあります。この難聴は、現在の医学では、残念ながら有効な治療法がなく、一度失われた聴力は、二度と元に戻ることはありません。おたふくかぜ患者数百人から数千人に一人の割合で発生すると言われており、決して他人事ではありません。片耳が聞こえなくなるだけでも、音の方向感覚が失われ、日常生活に大きな支障をきたします。また、女性の場合は、男性の精巣炎と同様に、「卵巣炎」を発症することもあります。下腹部痛や不正出血などを引き起こしますが、精巣炎とは異なり、女性不妊の直接的な原因となることは稀であるとされています。これらの重篤な合併症は、ワクチンで予防できる病気です。大人のおたふくかぜのリスクを正しく理解し、備えることが何よりも重要です。