多くの人にとって、発熱は「風邪」の代名詞のようなものです。市販の薬を飲んで、暖かくして寝ていれば、数日で治る。ほとんどの場合は、その通りです。しかし、私、田中(仮名・四十代男性)が経験した発熱は、そんな生易しいものではありませんでした。それは、ただの風邪ではなかったのです。始まりは、ありふれたものでした。週末に少し無理をした後、月曜の朝から、体に悪寒が走り、体温は三十八度五分。喉の痛みや咳はほとんどなく、とにかく体中の節々が痛く、だるい。「典型的な風邪だな」と思った私は、会社を休み、一日中ベッドで過ごしました。しかし、翌日になっても熱は下がるどころか、三十九度近くまで上昇。そして、右の背中から腰にかけて、ズーンと重い鈍痛が現れ始めたのです。最初は寝違えたのかと思いましたが、その痛みは時間と共に強くなり、体を動かすたびに響くようになりました。三日目の朝、さすがにおかしいと感じた私は、近所の内科クリニックを受診しました。医師は、私の症状を聞き、聴診器を当てた後、こう言いました。「念のため、尿検査をしてみましょう」。採尿を終えて待っていると、診察室に呼ばれ、医師から告げられたのは、予想もしない病名でした。「田中さん、これは『腎盂腎炎(じんうじんえん)』ですね。腎臓に細菌が感染して、炎症を起こしています。すぐに抗生物質による治療が必要です」。腎盂腎炎?聞いたこともない病名に、私は呆然としました。医師によると、膀胱炎などを我慢していると、細菌が尿管を逆流して腎臓まで達し、高熱や背中の痛みを引き起こすことがある、とのこと。確かに、数日前から少し排尿時に違和感があったことを、私は思い出しました。すぐに点滴で抗生物質の投与が開始され、飲み薬も処方されました。もし、あの時、「どうせ風邪だろう」と高を括り、背中の痛みをただの筋肉痛だと無視して、病院へ行かずにいたら。細菌がさらに増殖し、血液に乗って全身に広がる「敗血症」という、命に関わる状態になっていたかもしれない、と医師は言いました。この体験を通じて、私は、発熱という一つの症状の裏には、様々な病気の可能性が隠れていることを、身をもって知りました。そして、いつもと何か違う、と感じる自分の体のサインに、真摯に耳を傾けることの重要性を、痛感したのです。