めまいと吐き気は、なぜこれほど密接に結びつき、セットで現れることが多いのでしょうか。この二つの症状は、一見すると、平衡感覚と消化器という、別々のシステムの問題のように思えます。しかし、その背後には、私たちの脳の中で繰り広げられる、巧みでありながら、時に混乱を招く「神経のネットワーク」が深く関わっています。その鍵を握るのが、「脳幹(のうかん)」という、脳の中心部に位置する、生命維持に不可欠なエリアです。脳幹には、心臓や呼吸をコントロールする中枢と共に、「前庭神経核(ぜんていしんけいかく)」と「嘔吐中枢」という、二つの重要な神経核が、非常に近い場所に存在しています。前庭神経核は、耳の奥にある内耳(三半規管や耳石器)から送られてくる、体の傾きや回転に関する情報を受け取り、体のバランスを保つための指令を出す、平衡感覚の司令塔です。一方、嘔吐中枢は、その名の通り、吐き気を催させ、嘔吐を指令する中枢です。普段、これらの神経核は、互いに干渉することなく、それぞれの役割を果たしています。しかし、良性発作性頭位めまい症(BPPV)やメニエール病などによって、内耳に異常が生じると、そこから前庭神経核へと、「体が激しく回転している!」という、異常で強烈な信号が、嵐のように送り込まれます。前庭神経核は、この異常信号によって大混乱に陥り、その過剰な興奮が、すぐ隣にある嘔吐中枢にまで波及してしまうのです。例えるなら、隣の家が大騒ぎをしていて、その騒音が壁を突き抜けて、自分の家まで響いてくるような状態です。この「興奮の伝播」によって、嘔吐中枢が刺激され、平衡感覚の異常とは直接関係なく、強烈な吐き気や嘔吐が引き起こされます。これは、乗り物酔いのメカニズムと非常によく似ています。乗り物酔いも、目から入ってくる「景色は動いていない」という情報と、内耳から入ってくる「体は揺れている」という情報のズレが、脳を混乱させ、嘔吐中枢を刺激することで起こるのです。めまいと吐き気は、脳の深い部分での、神経の密接な連携がもたらす、必然的な生理反応と言えるのです。