「おたふくかぜ(流行性耳下腺炎)」と聞けば、多くの人が、両方の頬をパンパンに腫らした子供の姿を思い浮かべるでしょう。確かに、その名の通り、子供の頃にかかる代表的な感染症の一つです。しかし、この病気の原因であるムンプスウイルスに、抗体を持たない大人が感染した場合、その症状は子供のそれとは比べ物にならないほど重く、そして深刻な合併症を引き起こす危険性をはらんでいます。子供の頃にかかった記憶がない、あるいは予防接種を受けたかどうかわからない。そんな大人は、決して「子供の病気だから」と侮ってはいけません。大人がおたふくかぜに感染した場合、まず特徴的なのが「高熱」です。子供の場合は微熱で済むことも多いですが、大人は三十九度から四十度近い高熱が、数日間続くことが少なくありません。この高熱に伴い、インフルエンザに似た、激しい頭痛や関節痛、そして全身を襲う強烈な倦怠感に苦しめられます。そして、おたふくかぜの代名詞とも言える「耳下腺の腫れと痛み」も、大人の方がはるかに強く現れる傾向があります。耳の下から顎にかけて、片側あるいは両側が大きく腫れ上がり、顔の形が変わってしまうほどです。この腫れは、単に見た目の問題だけではありません。口を開けたり、物を噛んだり、あるいは酸っぱいものを想像しただけで、耳の下に激痛が走ります。食事を摂ることさえ困難になり、体力を著しく消耗させてしまうのです。しかし、大人がおたふくかぜにかかった時の本当の恐怖は、その先に待ち受ける「合併症」のリスクの高さにあります。ウイルスが全身に広がることで、髄膜炎や脳炎、そして男性の場合は精巣炎、女性の場合は卵巣炎といった、深刻な病気を引き起こす可能性が、子供に比べて格段に高くなるのです。大人のおたふくかぜは、単なる子供の風邪の延長線上にある病気ではありません。時に、人生を左右するほどの後遺症を残しかねない、警戒すべき感染症であるということを、強く認識しておく必要があります。