営業部長の田中さん(五十八歳)は、ここ一年ほど、夜の眠りの浅さに悩まされていました。原因は、夜中に二度、三度とトイレに起きてしまうこと。以前は朝までぐっすり眠れていたのに、今ではすっかり目が覚めてしまい、日中の会議ではついウトウトしてしまうこともありました。「歳のせいだろう」「寝る前に水を飲み過ぎたかな」。田中さんはそう自分に言い聞かせ、やり過ごしていました。しかし、症状は夜間だけでなく、日中にも現れ始めます。トイレに行ったばかりなのに、またすぐに行きたくなる。尿の勢いが弱くなり、出し終わるまでに時間がかかる。そして、まだ残っているようなスッキリしない感覚(残尿感)。これらの症状に、さすがにおかしいと感じた田中さんは、意を決して泌尿器科のクリニックを受診しました。診察と超音波検査の結果、医師から告げられた病名は「前立腺肥大症」でした。前立腺は、男性だけにある、膀胱のすぐ下で尿道を囲むように存在する臓器です。加齢とともに、この前立腺が徐々に大きくなってしまうのが前立腺肥大症です。大きくなった前立腺が尿道を圧迫するため、尿の通り道が狭くなり、尿の勢いが弱まったり、残尿感が生じたりします。また、膀胱も圧迫されるため、尿を十分に溜めることができなくなり、頻繁に尿意を感じるようになるのです。特に、夜間は膀胱がより過敏になるため、夜間頻尿は前立腺肥大症の非常に典型的な症状の一つです。田中さんの悩みは、単なる加齢現象ではなく、治療可能な病気が原因だったのです。幸い、田中さんの症状はまだ初期段階で、尿道の緊張を和らげる薬を服用することで、症状は劇的に改善しました。夜中にトイレに起きる回数は一回に減り、ぐっすり眠れるようになったことで、日中の仕事にも再び集中できるようになったそうです。もし、あなたが五十歳以上の男性で、田中さんと同じような症状に心当たりがあるなら、それは前立腺が発している重要なサインかもしれません。放置せず、一度泌尿器科に相談してみてはいかがでしょうか。