大事な会議の前、長距離バスに乗る前、あるいは映画館で席に着いた後。これからしばらくトイレに行けない、と思うと、急にソワソワし始め、さっき行ったばかりなのに、またトイレに行きたくなってしまう。このような経験に、心当たりがある方は少なくないでしょう。これは、体の病気ではなく、心の問題が大きく関わっている「心因性頻尿」と呼ばれる状態です。私たちの排尿は、膀胱に尿が溜まったという物理的な信号だけでなく、脳や自律神経によって、非常に繊細にコントロールされています。通常、膀胱に尿が溜まっても、脳が「今は出すべき時ではない」と指令を出すことで、私たちは尿意を我慢することができます。しかし、強い不安や緊張、ストレスを感じると、体のバランスを司る自律神経のうち、体を興奮させる「交感神経」が活発になります。この交感神経の過剰な働きが、膀胱の知覚を過敏にさせ、まだ尿が十分に溜まっていないにもかかわらず、「トイレに行きたい」という誤った信号を脳に送ってしまうのです。さらに、心因性頻尿の厄介な点は、「トイレに行けないかもしれない」という不安そのものが、症状を悪化させるという悪循環に陥りやすいことです。不安が交感神経を刺激し、尿意を引き起こす。そして、その尿意が、さらに「もし漏らしてしまったらどうしよう」という不安を増幅させ、症状がどんどん強くなっていくのです。特定の状況下でのみ、トイレの回数が異常に増えるというのが、この症状の大きな特徴です。もし、あなたがこのような症状に悩んでいるなら、まずは泌尿器科を受診し、膀胱や前立腺などに器質的な病気がないことを確認することが大切です。体の問題ではないとわかるだけでも、安心感から症状が和らぐことがあります。その上で、認知行動療法などの心理的なアプローチや、自律神経を整えるためのリラクゼーション法(深呼吸、瞑想など)が有効な場合があります。症状が重く、日常生活に大きな支障が出ている場合は、心療内科や精神科への相談も、決して恥ずかしいことではありません。