財布のカード入れの特等席に、もう何年も鎮座している健康保険証。あの青い、あるいはピンクの小さなプラスチックの板が、近い将来になくなってしまうというニュースを聞いてから、私はどこか落ち着かない気持ちで過ごしています。政府が「いつまでに廃止する」と宣言しても、私の生活の実感としては、まだあのカードこそが健康の守り神のように感じられるからです。病院の受付で保険証を出すときの、あの独特の安心感。それは、自分がこの国の社会保障制度の中にしっかりと組み込まれているという、無言の証明書のようなものでした。マイナンバーカードへの統合が進められている今、ニュースでは「従来の保険証は二〇二四年十二月から発行されなくなり、最長でも二〇二五年までしか使えない」と繰り返し報じられています。デジタル化の波は理解していますし、薬の履歴が共有される便利さも分かります。しかし、スマートフォンの操作が苦手な祖母や、カードを紛失しやすい小さな子供を持つ親の視点に立つと、これまでの「出せば済む」というシンプルな仕組みが、どこか遠いものになってしまう寂しさがあります。保険証の期限が近づくにつれ、私たちは否応なしに新しいシステムに自分たちを適応させていかなければなりません。顔認証付きのカードリーダーの前に立ち、暗証番号を打ち込む作業。それは確かに近未来的ですが、受付の方との「保険証お返ししますね」という、あの一瞬のやり取りが機械的な処理に置き換わっていくことに、一抹の不安を覚えます。いつまで使えるかというカウントダウンは、単なる日付の消化ではなく、私たちの生活習慣の一部が、デジタルという未知の領域へ溶けていく時間なのかもしれません。それでも、健康を守るという制度の本質が変わるわけではないと自分に言い聞かせています。資格確認書という新しい紙の証明書も用意されると聞き、少しだけ安堵しました。技術が変わっても、誰もが安心して医療を受けられるという国の約束だけは、この先いつまでも変わらずにいてほしい。財布の中の保険証を指でなぞりながら、完全廃止の日までの一日一日を、ある種の感謝を持って過ごしていきたいと思っています。この移行期は、私たちが社会の形が変わる瞬間に立ち会っている、歴史的な時間なのかもしれません。